小林秀雄は歴史とは思い出と述べている。
新たな物、本来異質的なものまでもが過去との十全な対決なしにつぎつぎと接種されるから、新たなものの勝利は驚くほどに早い。過去は過去として自覚的に現在と向き合わず、傍におしやられ、あるいは下に沈降して意識から消え「忘却」されるので、それは時あって突如として「思い出」として噴出することになる。in Japan
「ミネルヴァの梟は夕暮れになって飛び立つ」
→ヘーゲルは時代認識は後からしかできないと保守的な姿勢を示したが、マルクスは「ある時代をトータルに認識することに成功すれば、それ自体その自体が終焉に近づいている兆候を示す」と述べた。
福沢諭吉は「究極的な真理や絶対的な善」について語るのではなく、具体的状況の中で「ヨリ善いものとヨリ悪しきものとの間」の選択を論じる必要を指摘した
→日本の人々の中に深く残る儒教的な思惟様式との闘争を強く意識するものだった。
→マンハイムの社会的観念の中間になって両者の媒介の役を果たすものとしての概念が大いに利用されてるのではないか、、?マンハイムがここで出てくるとは。
→→構造にある程度規定されながらも、一定の自主性を持った思考する主体として人間をとらえようとした
西洋では社会契約説などによって、秩序が人為的に生み出されるという考え方が定着し、それによって近代社会が可能になったが、これに対し日本では、秩序は常に実体化され、固定的な所与として受け取られがち。
日本の思想について
「あらゆる時代の観念や思想に否応なく相互関連性を与え、全ての思想的立場がそれとの関係でー否定を通じてでもー自己を歴史的に位置付けるような中核あるいは座標軸に当たる思想的伝統は我が国には形成されなかった」
「個人が公民として主権に一体化した極限状況を予想すると、そこでは個人的自由と主権の完全性とが全く一致する」というルソー的な理念が、民主主義国家の理念型として認められなければならない。
キーワード
あるものを所与として受け入れる思惟様式
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